第八話 Rough Tang
超草野球チームのメンバーは、ほぼ俺と陽一の独断で決めた。俺たちが最初に声をかけたのは、やはり幼馴染みの美里だった。龍ちゃんから話を聞いて、すぐに美里を勧誘しにいった。
続いて、ラン。前にバッティングセンターに行ったりしているという話を聞いていたからだ。そうしたら、麗ちゃんもその場にいて、ランがやるならと麗ちゃんも参加。
そして部活の時に、俺がジョニーと早紀とタクを、陽一が翔を誘った。
そして今日、初めて野球の練習をしたのだが、そこに意外な事実があった。
「へぇー……翔とタクって、幼馴染みだったんだ」
「うん、小学校から。翔が啓祐君と知り合いだったのも知らなかったけど」
「そう言えば、啓祐ってバンドやってるって言ってたよね。それで、タクと知り合いだったんだ」
練習後、ウクレレで野球部との試合が延期になったと知らせを聞いた後、俺たちはそのままそこでだべっていた。
小柄なタクと、巨漢の翔、この対照的な二人が小学校からの幼馴染みだったというのだ。二人の出身中学は、ここ仏が丘の隣町・『間嶋市』にある『軒那賀中学校』だ。
「俺だって知らなかったよ、啓祐が翔と知り合いだったなんてよぅ」
と、ジョニー。
「何だよ、ジョニーも翔と知り合いなのか?」
「タクを通して知り合ったんだけどよ」
そうだった、タクはジョニーの紹介で知り合ったんだ。確か、共通の先輩がいるという話だった。ジョニーがタクを知っているというなら、タクの幼馴染みの翔も知っていておかしくない。
「あ、そうそう、面白い話があるんだ。まだ啓祐に話してなかったな」
「面白い話?白い犬とかいうオチじゃねぇだろうな」
「うるせーよ、話の腰折るなよ」
デコにチョップを喰らってしまった。
「四月にさ、入学式の少し前に、タクと一緒に間嶋の商店街をブラついてた時の話だけど……」
「おう、タク」
「や、ジョニー」
集合場所の間嶋駅東口に、約束通りタクがいた。相変わらず無表情だ。タクと知り合ったのは三、四ヶ月前。姉貴の彼氏の友達の後輩の、そのまた後輩がタクだ。姉貴の彼氏も、その友達も、その後輩も、俺は既に知っていた。年が一番近いせいか、姉貴の彼氏の友達の後輩という『竹井一嘉』さんとは親しかった。竹井さん曰く、「外見よりは遙かに無茶なヤツ」という同い年の野郎と知り合った。それが、タク。
どの辺りが無茶なのかは分からない。その代わり、実は天然ということには気付いた。自販機と言えば京都の『知恩院』と間違えるし、バイクと言ったら子供にはよく分からないウィンウィン動く怪しい玩具と間違えるし、逆に子供にはよく分からないウィンウィン動く怪しい玩具を言ったらバイクと間違える。翔から聞いた話では、中学の時に英語で和訳しろと言われて、『Let's go to the park』を『公園にレッツゴー』と訳し、高速道路の『横風走行注意』を『横綱走行注意』と読み違え、『ドアロック注意』は『ドロアック注意』と呼んで「ドロアックって誰?」と訊き、更に真夏の暑い日にホットの缶コーヒー飲みながら、「今日、暑いね」などとほざくという。
天然のなせる技だ。
今日はタクと一緒にこの間嶋市をぶらつく予定だ。隣町ながら、あまり間嶋市に来たことはない。買い物で行くとしたら、間嶋市より栄えている架橋市に行ってしまうからだ。
間嶋市の駅前商店街と言っても、そう大きくはない。しかしどんなものが置いてあるのか知らないので、この機会に知っておこう。
ということで、手当たり次第に興味のある店に入っていった。服屋、靴屋、楽器屋、CD屋、そして本屋や文房具屋、ペットショップから花屋、最後にはノリで骨董屋まで入った。そして買ったものは、何もない。これだけの店を回っておきながら全てウィンドウショッピングで済ませてやった。
俺が欲しいのが特になかったからだ。服屋、靴屋は無難かつ安いものが多くて俺の好みのものは少なかったし、楽器屋に至ってはドラムが異様に少なかった。他の楽器も多いわけではなく、啓祐や早紀でも余り用のない楽器屋っぽい。CDも特に何もなし。本屋は兎も角、文房具屋辺りからノリで入りだしたので、これ以降は既に買い物をする気がなかった。
結局一番面白かったのが、ペットショップと骨董屋だった気がする。意外とペットショップが大きかったので、それに比例してか珍しい動物も多かった。骨董屋も勿論珍しいおもは多かった。問題は、この二つの店はどちらも値段が高いことだ。飼っていたら楽しそうなリスザルやよく分からない古美術の絵画など、結局高校生如きの小遣いで買えるわけがない。でも、見ていて飽きなかった。
終始無表情なので確信はないが、多分タクもそれなりに楽しんでいたと思う。少なくとも口数は多かった。
骨董屋を出た頃にはもう夕方で、夜の帳が降りてきていた。それでもまだ引き続きウィンドウショッピングをしようと思っていたのだが、俺の目に飛び込んできたものがそれを中断させた。
「おい、タク。あれ見てみろよ」
俺が指さした方向、そこには綺麗な女性が一人歩いていた。シャンプーのCMを思い出させるような綺麗な黒髪、思わずしゃぶり付きたくなるようなナイスバディ、スラリと伸びた脚、キュッとしまった足首、そして凛とした美形な顔。
一言で形容するならば、絶世の美女という言葉が一番近いかも知れない。クレオパトラや小野小町、楊貴妃らはこんな顔だったのかも知れない。そのくらいの美人。証拠に、擦れ違う男がみんな見ていく。
「凄い美人だね」
タクも同意見だ。無表情だが、タクも正常な男ということだ。
「だろ?……なぁ、タク。あれ誰だ?」
「知らないよ。間嶋の人全員知ってるわけじゃないし」
そりゃそうだ。
「ま、いいや。ちょっと声かけてくる」
「声?」
無表情なタクを余所に、俺は美女目指して歩いていった。声をかけるのも躊躇うほどの美女だが、声をかけないと後悔するとも思った。
だが、いざ声をかけるという時に、なんて切り出そうかと迷っていたが、出た言葉は、
「ハァイ」
物凄い軽いノリの言葉だった。
一方でその美女は、
「……宗教の勧誘?」
特に怪訝といった表情もなく、そう言った。声もハスキーだ。
「違う違う、宗教じゃないよ」
「じゃ、何の勧誘?」
とりあえず俺は何かの勧誘員か何かに見えるらしい。
「勧誘っつーか……ま、君とお近付きになりたいなと思って。最初はとりあえず友達というところから、ね」
「……貴方と友達になって、私は何か得があるの?」
と、台詞とは裏腹に微笑んで言った。
「勿論。幸せになれるよ」
「やっぱり宗教の勧誘じゃない」
何故そうなるのだろう?
「あ、そうだ、ちょうどよかった。折角だから、この辺りを案内してくれない?私、この辺りにくるの初めてで、よく地理が分からないの」
幸運なことに、彼女の方から誘ってくれた。この辺りの地理は、俺も詳しい方ではないが、幸い今日、ちょうど予行演習をしたところだ。
「OK。どこがいい?」
「とりあえず、そうね……人気のないところ、かしら」
微笑んだまま、妙なことを言う。
「人気の、ないところ?」
「そうよ。人がいないところって意味よ?」
「分かってるよ」
人気のないところに行きたいと言い出した彼女。だが、俺の第六感が警戒心を擡げた。そこで俺のとった行動は、
「この通りを真ーっ直ぐ行くと、左手に大きいペットショップが見えるから。そこの十字路を右に曲がって、二つ目の交差点をもう一回右折すると、人気のないところだよ」
俺はその場に立ったまま説明してやった。目の前の美女が目を真ん丸くして唖然としている。
「もっ一回言おうか?」
「あ、いや……アハ……」
少し笑ったかと思うと、次に突然、
「あっはっはっは!あっははははは!」
高笑いに近い笑いを始めた。その姿と笑い方がミスマッチで、今度は俺が唖然としてしまった。道行く人も何事かと俺たちを見る。
「あはははは……あーおかしい」
「そ、そう?」
この美女、すこし変かも知れない。
そう思った矢先である。
「い、いたっ!この女だ!」
美女の背後にいた男がそう叫んだ。男は三人組で、あからさまに俺よりも年上だ。おまけにみんなガタイもいい。しかし、叫んだ一人だけ、顔が痣だらけだ。
それに対して、目の前の美女は、
「何だ、さっきの人」
と冷たく言い放つ。しかしその言葉を無視して、
「ねぇちゃん、ちょっと付き合えよ」
と、一番ガタイのいい顎のしゃくれた男が美女の腕を掴んだ。そして、
「おぅ、悪ィなにぃちゃん、この女借りるぜ」
と俺に言って、彼女を連れていこうとする。彼女も彼女で、全く抗おうとせずに従順に男共と歩いていく。
「ちょっ……オイ!誰が貸すって言ったよ!」
その男の肩を掴んでやった。すると男は俺を睨み、
「……ならお前も来いよ」
低い声でそう言って、再び歩き出した。俺もそれに従い、ついていく。
だいたい状況は飲み込めた。
「お前も物好きだな」
美女が腕を掴まれたまま、俺に言う。多分、この喋り方が、本来の彼女のスタイルなのだろう。
「別に……」
俺たちが連れて行かれた場所は、さっきの場所からそう遠くない空き地。これから使われる予定があるのか怪しい角材などが転がっている。俺たちは突き飛ばされて、空き地の奥へと追いやられた。
「何だよ、お前の言ったところより、こっちの方が近いじゃねぇか」
「は?」
「人気のないところ、だ」
「実は俺もこの町はあんまり知らないんだ。大体、人気のないところに案内させるのもどうかと思うぜ?」
状況を無視して話し始める俺たちを見て、
「何喋ってやがる!」
男の一人が叫んだ。
大方、あの痣だらけの男は、この美女にやられたのだろう、情けないヤツだ。
「ナメてやがるなお前ら!俺は高校空手の県チャンプだぞ!」
と、一番ガタイのいい男が切れ気味に怒鳴った。まさか高校生だったとは。老けてる。
一方で、
「そうか、俺はこの春仏が丘高校に入学予定の少女Aだ」
と、余裕の美女。
「あ、俺も仏が丘高校今年入学の、少年Aだぞ」
とふんぞり返ってやった。
「へぇ、お前もそうなのか?俺、一組だけど」
「お?俺も一組だぜ。オリエンテーションの時、あんたいたか?」
「いや、おととい東京から引っ越してきたばっかりでね。オリエンテーションには出てねぇんだ」
男たちを無視しっ放しで俺たちが話すものだから、ついに男共は切れた。
「おい、てめぇらぁ〜……」
空手の県チャンプが声も拳も震えてたまま、怒りの形相で俺たちに近付いた。と、美女は睨み返して、
「てめぇも空手道やってるってんなら、その使い方考えたらどうなんだ?」
「ぅっせェ!」
と県チャンプが叫んだ直後、今度は俺が、
「うわっ、馬鹿!やめろ!」
思わず叫んでしまった。程なく、『ボゴッ!』という音がして、県チャンプが倒れた。美女も少し驚いている。
いつの間にやってきていたのか、相変わらず無表情のタクが県チャンプを背後から殴ったのだ。しかも、空き地に放置されていた角材でだ。
慌てて背後に振り返る、残り二人の男。だが、今度はその隙をついて、俺と美女が攻撃を仕掛けた。俺はガキの頃から喧嘩は慣れている。俺が仕掛けた相手が痣だらけということもあって、一発ももらわずにKOしてやった。
「何だよ、全然手応えがねぇな、こいつら。この分じゃ、空手の県チャンプってのも大したことねぇんだろうな」
一方で同じように相手をKOした美女が、地面に蹲っている男の腹を軽く蹴ってぼやいた。
「……しっかしタク、お前……殺してないか?」
「ん、大丈夫だよ、手加減したから」
相変わらず無表情だ。
このとき、竹井さんが言った『外見より無茶』という言葉を理解した。しかもこの角材は結構重い。これを涼しい顔で振り回していたのだから、意外と隠れマッチョなのかも知れない。とりあえず、一発で殴り倒したヤツの言う台詞ではないと思う。
「それでジョニー、大丈夫だった?」
見れば分かるだろうに、さすが天然のタクだ。
「心配ならこのお兄さん方にしてあげろよ。俺は無傷だぜ」
尤も、自分で殴り倒した相手を心配するのもどうかと、自分の台詞に内心突っ込んでしまう。
「おい、妙なナンパ君」
俺のことだろう、美女が呼んだ。
「何だよ、妙なナンパ君って」
「案内しろって言ってんのに口で説明し始めたナンパヤローだからな」
それならば彼女も妙な美女というところだろう。
「で、何だ?」
「ま、同じクラスらしいしな。とりあえず一年間よろしくってとこだ。俺、『嵐舞』だ。山風と書いて嵐、舞は舞うという漢字だ」
「おう、俺は『一条新也』漢数字の一に、条件の条、新しいナリで新也だ。条と新で、通称ジョニー」
俺は嵐舞という美女の自己紹介に倣ってそう返した。
「へぇ、嵐さんって音読みするとランブになるんだ」
一人マイペースなことを言うタク。
「うるせーな、いいだろ。お前も同じクラスか?」
「僕?僕一組だっけ?」
と俺に聞く。
「阿呆か、お前は。何組か知らねぇけど、一組じゃねぇよ」
「だって。あ、僕『浜崎拓哉』。よろしく、えーと……ランさん」
「……おい、ジョニー、だっけ?何なんだ、こいつは?」
タクのペースにすっかり翻弄されている嵐舞。
「天然君だ。ま、勘弁してやれよ、ラン」
今度はタクに倣ってランと言ってやった。
「あのな……」
とランが苦笑する。
「あ、そうだ。あのよジョニーと、タクだったっけ?俺のこと、黙っててくんねェ?」
「誰に?」
「誰にっつーか、俺のこの性格のことを黙っててくれって言ってんだ。少なくとも喋り方だけでも、ちょっと変えたいんでさ」
確かに強烈な性格に喋り方だ。
「……こんなことしといて、またエラく高い目標だな」
俺は地面に転がっている男共を見て言ってやった。
「登るなら高い山がいいだろ?目標は高く、だ」
「登る気がないなら低くても同じだ」
「うるせーな、とりあえず黙っとけよ」
と、ランが踵を返した。
「何だラン、帰るのか?」
「おう、いつまでもいる場所じゃねぇ」
案内しろと言ったくせに。ひょっとしてあのまま案内していたら、俺はランと格闘していたのだろうか?
「ま、ラン。高校で会おうな」
「おう、じゃぁな、妙なナンパ君に天然君」
「さよなら」
タクの呑気な挨拶に、呆れ半分にランが振り返る。そして、少し押し黙った後に、
「……ランっていうのも、結構いいな」
と残して去っていった。
「と、こんな経緯で俺はランと出会ってたわけだ。同時にタクの本性も見れた」
話し終わり、ジョニーが椅子の背もたれに身体を預けた。
「ふーん、ランってのはタクが言い出したんだ」
「ああ、こいつの天然がな」
「じゃ僕、嵐さんの名付け親だね」
早速その天然の片鱗を見せるタク。タクがランをランと言いだした割に、今の呼び方は嵐さんだ。とりあえず、角材を振り回して躊躇なく人の頭を殴るようなヤツには見えない。
「よぉ、さっきから俺のこと話してたみたいだったけど、何の話だ?」
別のテーブルで美里、早紀、麗ちゃんと話していたランがやってきた。
「僕が嵐さんの名付け親になった時の話だよ」
ランの顔がハテナマークに崩れた。そう言えば、今の話だと、タクとランも今日が初対面ではないということになる。
「あ、ほら、入学前に、俺とタクでランと会っただろ?そん時の話だよ」
「おぉうおう、あの話かぁ……思い出した、殴らせろジョニー」
とジョニーを睨み拳を慣らすラン。
「何で?」
「あの邪魔さえ入らなかったら、お前を殴る予定だったから」
「あのなぁ……」
と席を立ち、
「時効だ時効!」
と逃げ出した。
「まだ二ヶ月くらいじゃねぇか!時効じゃねぇよ!」
それを追うラン。追い掛けっこをするのは構わないが、二人ともウクレレを出ないから質が悪い。
「啓祐君、あれ止めてくれない?」
不安気に関口さんが俺に呟いた。
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